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ブルキナに戻りました
おひさしぶりです。ブルキナファソに戻ったOyoです。

まずは、この地震で被災された方々、および今でも不自由な生活を送っていらっしゃる日本の皆様にお見舞いを申し上げます。ライフラインの復旧や原子力発電施設での対応に全力を尽くされている方々に、心からの敬意を表します。

地震当日の11日、地震のニュースを聞いたのは、ちょうどセネガルに到着して次の日、旅行に出る前のブリーフィングを事務所で受けていた時でした。こちらではあまり情報がなく、運良くテレビをみることができても、すべて仏語の情報だったので、実際の被害の状況を知るのは、大分後になってからでしたが、その状況を知るにつれ、旅行気分もなくなり、ただひたすら日本の情報を求める日々でした。そして現実のものとも思えない映像を見るにつけ、言葉を失い、胸が痛み、涙がでてきました。


海外で協力隊活動している私には、できることと言えば祈ることと募金くらいです。本当に無力です。日本の状況を知るにつれ、「海外でボランティアなんかしてる場合じゃない」などとも思いました。海外で被災を免れた罪悪感がないとも言えません。実際、私は任国外旅行中だったので、旅行なんて切り上げて、任期も切り上げて、日本に帰った方がいいのでは・・・?と真剣に思いました。

でも、多くの方がおっしゃっているように、いまは自分のできることをここですることが、一番なんじゃないかと。国連からのこんなコメントがありました。「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する。」祖国が大変なことになっているけれど、いまここで頑張る意味は十分にあると思います。


旅行記を載せようかと思いましたが、今は自粛します。


こうしてブルキナに帰ってきて思うことは、「いまの自分の居場所はここだな」ってことです。

1年ぶりの同期との再会、ブルキナとはまったく違う環境を見ることができ、大分気分転換になりました。暑さからも開放された、夢のような10日間でした。

ブルキナの空港に降りたったとたん、熱風と刺さるような日差しにやられました。任地に帰ると、3日間続いている断水。頻発する停電。日向の温度計は50度近く、日陰でも40度以上。厳しい環境は相変わらずです。
職場の話をチラッと聞きましたが、明日はけんかすること間違いなしです。やることは盛りだくさんですが、どこから手をつけるのがいいいか悩む、試行錯誤の日々が待っているのを再認識しました。

セネガルは去りがたかったけど、実は、ここに帰ってきてほっとしている自分もいます。ココロ折れる要素は満載ですが、とにもかくにもあと1年。ここでやれることを一生懸命やるしかないかな、と。休暇のおかげで、腹をくくることができました。暑さでやる気を失うこと多々ですが、気合が続く限り、気を引き締めて頑張ろうと思います。

セネガルでお世話になった同期のみんな、本当にありがとうございました。みんなが頑張っていることがわかったことが、一番のお土産でした。また1年後に、元気に再会しようね!
江戸時代なワタクシ。
やっぱり、朝方冷えますね。なのに、オフィスは冷房ががんがんかかってたりして。そのせいか、またもや、午後からはちょっこし体調を崩しまして、家におりました。そしたら、夕方、オフィスの帰りにお見舞いの人たちがやってきました。ううーむ。さすがブルキナベ。っていうか、わざわざ、すんません、たいしたことないんです・・・。

そんなワタクシの水曜日。みなさん、さば?

ええと、龍馬伝、今月に入ってから入手したのですが、もう4部まで来てしまいました。で、江戸時代に生き過ぎて、ドラマ「JIN」も平衡して見始めてしまいました。(っていうか、JINは続編が2011年4月からあるんだって!?観たい〜。)
 
坂本龍馬、なかなかいいですね。「何をするために生まれてきたのか」・・・そういう視点、「何ができるか」「何をしたいか」ばっかり考えて生きているので、なかなかそういう大きい観点って持ってませんでした。反省。

「信じる道を生きたい。それが誰も歩いたことがない道だとしても、正しい道だったら、仲間は後からついてくる」「生まれてきたからには、人間は、精一杯生きるしかできない。」・・・なかなかいえないなあ。

ほんと、日本の歴史、知っているようで知らないことが多いです。(大学受験は世界史だったので、サボってました。すみません…。)

日本にあんまりいつかない暮らしをはじめて早数年。誰もが感じることだと思うんですけど、離れたからこそみえてくる日本のよさ・・・あるますなあ。その分、日本の文学・歴史、改めて見直したくなる気持ちを持つことが多いです。

ここにきてまで、日本語で、本ばっかり、映画ばっかり。フランス語の上達のためにはよくないかも!って、最初は思ってましたが、せっかくある時間、こういう風に使ってもいいかな、と開き直っております。いえ、英語も仏語も崩壊しているからなんだけどね!ひゃはは。

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協力隊の任期は2年。ある意味、契約社員みたいな働き方。生活は不便で、身の上は不安定だけど、その変わりに、まったく違った価値観の人たちの中で、時間がゆっくり流れてもいる。

ほんと、よく言うと、自由。だって、聞こえが悪いけど、評価軸があまりない。属している組織からも、属している社会からも。ある程度うまくやれば、そこそこの評価はされる。けど、それは、消えちゃう記録じゃなくって、人の記憶に残る、誰かの何かのきっかけとしてでもいいから、残るのがいい。生活でも意識でも・・・何かが向上するきっかけに。 そうするためには、「私はここで何をなすべきか」・・・・よく考えなきゃな。つくづく、反省です。

そして、ここの仕事。本当に、うまくいかないことが多い。(生活は慣れればOkだから平気だが。)
うまくいかない理由は、環境のせいだったり、理解できない異文化の人々のせいだったりすることも多いんだけど、そうしてしまうのは・・・個人的には違うと思う。実は、なんだかんだで、うまくいかなくさせているのは、自分自身の何か・・・なんだろう。「はまらない」「うまくうごかない」の根本は、ね。

「これだから、この国だめなんだから!」「ブルキナベめ!」って切り捨てるのは簡単。でも、その先には、何もつながらない。悪態ついて、飲んだくれてみても、次の日は容赦なくやってきて、問題は自分が何とかしないと、何も動かない。嫌いになるより、好きになる方が難しい。だったら、何とかして、いい面を見なくっちゃなあ〜、って、いつも言い聞かせる。

精神的にも、身体的にも、健康でいなきゃならない。
それを管理するのは、誰でもなく、自分。

ちゃんとした食事を取って、しっかり睡眠をとること。
話して思いっきり笑って、すっきりストレスをなくすこと。

何は好きで、何が嫌いか、はっきりさせること。
困ったら、何が原因で、どうすればいいか、投げ出さず、冷静に整理して、とことん考えること。

すごくシンプル。難しいけど、できないこともない。
ここには、それができる、時間的余裕もあるもんね。

ほんと、いろんなこと、うまくいってません。きー!
でも、だいじょうぶ。きっと何とかなる。サバアレ!

誰かが私を気にかけてくれること。そのことに、心から感謝しています。


つよく。やさしく。そうあらなきゃね。
コミュニケーションの力の不足。
うにゅ〜。明日から、月曜日です。仕事です。なんか、サザエさん(ここじゃ、もちろんやってないけど。)症候群なOyoです。 さばですか?

ありゃりゃ?ワタクシ、また月の後半に差し掛かるあたりで停滞です。ほんと、わかりやすっちゃあ、わかりやすいです。完全にサラリーマンです。平日はきっちり一定時間働いて、まっすぐ家に帰って、飲みに行くのが金曜だけってとことか、特に・・・。 苦笑


そんなのが、結構最近悩みだったり。
だって、あれ・・・?あたす、協力隊ってやつじゃなかったっけ・・・? 

同期とか先輩とか見ていると、いろいろと試行錯誤しながら、真剣に悩み抜き、活動を見出し、忙しくなさっている。いろんなつながりをつなげていって、沢山話をして、いろんな調査して。なんか、すごいなあって思う。 

あたしは・・・ あれ?最初から、なんか、ただ単なる、書類整理?システム構築どころか、マンパワー?ただ目の前のものを片付けているだけな気が。というより!ぶっちゃけ、ブルキナベ、ちゃんと自分たちでやろうと思えば(バイクとか野菜とか、ちゃんと並べられるし・・・・・)できんじゃん?と思うことをやったりしている。 文書管理だってさ、実は、日本だって、整理できてないところなんて、いっぱいあるじゃん!? 

なんか、これがアフリカである意味あんの〜〜〜?? (と、心の吐露をしてみる。ちょっとすっきり。) 


昨日は、市長・副市長と近隣の3つの村へ。ええ、単なるお付です。台湾による援助が入ったCSPS(病院)やLa maison des jeunes(青年の家)などが完成し、 その完成式典がありました。

行く先々で、紹介してくださる副市長。「この子は、私の娘で、日本人で、Stagiaire(研修生なの。)」 

いえ、あの、あっし、研修に来ているわけじゃないんですけど・・・? 偉い人から見ると、まあ、そんな風に見えるんだろうな。 



灼熱の中、なかなかタイムラインが守られつつ、式典は華やかに終わった。
 
 
一方では、村には、都市よりも、決して豊かじゃない状況があった。 
けれど、それに対して、あたしが何かをすることは、いまのところできない。 
村の仕事は完全任務範囲外だし、役立てる専門知識も、残念ながら、ない。 
そういう村に行った時は、村の人たちや子供たちに、笑いかけて、あいさつして、握手して。それくらいしかできない。 

ましてや、私がいる位置は、偉い人の横。冷房がきいた車で送り迎えしてもらって、レセプションでも、ホテルからケイタリングされたおいしいご飯が、ちゃんと私の分が確保されて運ばれてきちゃったりして。塀の外には、このご馳走のおこぼれをもらっている大人。参加者がポイポイすてるペットボトルを取り合うように集める子供たち。彼らに、何かしてあげたいけど、残念ながら、あたしができることは、大してない。無力この上ない。 

職種柄、しょうがないのかもしれないけど。(行政サービスの末端だからね。) 毎日市役所の塀の中で働き、何もかも不自由のない暮らしをしている自分が、たまにどうしようもなく、罪な気がしてならない。 

期待された仕事はしてはいるものの、なんだか、無力感。 
いったい、ここに何しにきたんだろう?
あたしがやれることって、なんなんだろう? 
ここだから、やれることって、なんだろう? 

最近、個人的にできるなあって思うことは・・・個人的に、リサイクルできるものを集めて、リサイクルしているところにもって行ったり。ガルディアンにしてもらっていたゴミ処理を、近くの女性団体にお金を払ってやってもらうようにするとか。せめて、市役所で使わない紙や資材を、上の許可をもらい、他の隊員に託して近隣の小学校に使ってもらう・・・くらい。後は、ブルキナベの友人の作ってる団体で子供と遊ぶとか・・・。いまできることは、これくらい。うーん、無力。こんなんじゃ、足りない。もっと考えなきゃ!とひしひしと思う今日この頃。 


いろんなことの根本って、結局「コミュニケーション力」だなって、最近すごく感じます。 
言葉をうまく使えるか。何語であろうが、他者と関わりたいって言う気持ちがあるか。 その気持ちから始まって、言葉を使っていろんな情報をやり取りして、誰かと何かを作り上げる。そんな力。

私には、それが、くやしいほど、足りない。もちろん、あたしのいけてないフランス語が足かせになっている部分が大きい。 現地語だって、できないしね。 

でも、ここ何年か、いろんな場所で、ある意味、身一つで仕事して思う。 
言葉そのものは、そんなに関係ない。「伝えたい気持ち」。「伝える何か」があること。それが大事。 


どこにいっても同じだなって思うのは、こういうところからきているんだろうなあ〜。 
おいら、フランス語嫌いって言ってるけど、もちろん言葉そのものを勉強するのが嫌いってのもあるけど、きっとコミュニケーション自体を拒んでいる、ような気がする。避けているというか、うまく関われない。他者に興味を持って飛び込んでいく度胸がいまいちない。これって、根本は、あたしの人間力の不足なんだろう。
課題はここにある。 自分の中に、ある。


なので、最近は、というか、今後は、どこにいようが、何をしていようが、この課題に向き合っていかなきゃいけないんだな、ってわかってきた。まだまだ未熟者ゆえ、いろいろ壁にぶつかってばかりですが、ちょっとずつでも進まないとね。 

そんなことを考えてます。


あ、そうそう。「世界の笑顔のために」プログラム、始まっています。開発途上国で必要とされている教育、福祉、スポーツ、文化などの関連物品について、ご提供くださる方々を日本国内で募集し、JICAが派遣中のボランティアを通じ、世界各地へ届けるプログラムです。
上記に記事にしましたが、ここにもにリンク載せますので、おうちや地域で使わない物品があったら、是非JICAまでご連絡ください。





同じ空の下。
雨季に入って。 
真夜中に びゅうびゅう風が吹き、じゃじゃじゃーっと雨が降って。 
朝にはからりと晴れていることが多い。


先週の金曜日。 同僚Bakouanのお子さんがなくなった。水曜日くらいから、具合が悪いから病院にいくって、仕事をちょこちょこ休んでいた。「よくなった?」って、何度も聞いて、金曜日の夕方には、「うん、ちょっとだけ、ね。」って寂しそうに応えていたBakouan。もうその頃には、亡くなっていたのかもしれない。 

ちょっと足が悪くて、でも、すっごいまじめで、一番初めに出勤して最後に帰るから、誰よりもたくさん働くBakouan。英語もちょっとしゃべれるから、あたしが仏語がわからなそうな顔をしている時は、ぽそっと英語で補足もしてくれる。ちょっと控えめで、さりげなく気を使ってくれる、珍しいタイプのブルキナベだ。 

今週は、その彼がお休みで、うちの部署は、愉快で何気にやさしくてちょっと大雑把なKalifaと、あたしの2人だけ。一日100人近くが来る窓口なので、受付時間の7時から10時までは、恐ろしく忙しい。Kalifaが受付をしているから、実行部隊はあたしだけ。いつもはKalifaと一緒にやるが、書類を作るのは今週は全部あたしの仕事になってしまっている。 

必死に目の前の仕事をさばくのだけど、ちょくちょくいろんな人に仕事頼まれたり、行った先で捕まって違うこと頼まれたり。挨拶ばっかりして、暇なブルキナベが横でくっちゃべっていたりして、きーってなったり。そんなこんなで、今週は、トイレに行く暇もないくらい。窓口を閉めた後も、いろんな偉い人からサインをもらったり、調べ物をしたりで、役所内をずーっと歩き回っている感じ。 





Kalifaは人使いが荒くて、仕事を託していなくなることも多い。(あたしも、彼と一緒にコーヒーのみに行ったり、馬券買いに行ったりするけど。汗) となると、受付時間外に訪ねてくるブルキナベに対応するのはあたしだけ。あ〜、いつもはBakouanがやっていてくれたんだなあと、今更ながら気づく。それに、Bakouanとたくさんの書類を記入しながら、他愛ない話をしたりするささやかな時間とかもない。なんだか、彼がいないと、余裕がない自分に気づいた。 



今日はさすがにいっぱいいっぱい。「Oyoは疲れている」「仕事頼んで疲れさせてごめんね」と、さすがにブルキナベたちも恐縮している。(が、容赦なく、自分では仕事しない。頼んでばっかいないで、自分でやれー!) これじゃ、日本にいるのと一緒だよ〜!と、(日本語で)ぼやきつつ、書類を捜しに外に出る。 





そこには、すっごくからっと晴れた、青空が広がっていて。 
雲がもくもく、でも、きれいにたなびく感じで流れていて。 
 
 

雨が降った後の日は、ちょっとだけ、涼しい。 
少し涼しい風に吹かれて、なんだか、ふと、どこにいても空は一緒だな〜って思った。 
 
 

と同時に、結局、どんな仕事も、どこの国で働いていても、おんなじだな〜って思った。誰かと一緒に働いて、また明日ね、って帰る。そんな毎日が続くのは、日本でもアジアでも北米でもヨーロッパでも、オセアニアでもアフリカでも。どんな職場でも同じだなあと。いつも、仕事にきーっとなって、見上げる空は、驚くほど、おんなじ空。 

なんか、そんな空を見ながら、今日はBakouanの亡くなった赤ちゃんのことを考えた。いくら乳児死亡率が高いといっても、すごくすごく悲しいんだろうな。家族を大事に思う気持ちは、どんな人種でも同じだなあと。 
 
   


いろんなことが同じ。 
みんなだれかと一生懸命生きてるんだなあ、と。 

あたしも、どこにいても、何をしてても同じ。うまく言えないけど、きっとそれは自分が変わってないからなのかもな、とも。 


なんか、国を変えても、仕事を変えても、きりがないな、とも思った。 



そうじゃなくて、あたしが本当に大事にしたいものは何かな。 最近はうっすらわかってきた気もするけど・・・ふと、空を見ながら、そんなことを考えた。


気候がいいって、いいね。 
早くBakouanが元気になって戻ってくると、いいな。




仕事開始を前に。
ぼんじゅー
毎日暑いアフリカです。みなさん、さば?

任地に来て1週間が経ちました。2回目の週末です。
先週末は、町を探検したり、生活用品をそろえたりで忙しかったけど、今週は・・・・ ひま!
同期から映画を数十本もらい、首都から本や勉強道具を借りてきたので、人が来てる時や涼しい時に外出する以外、家に引きこもってます。がるちゃんたち(24時間いる警備員たち)は、なんてネクラやつなんだって思ってるだろうなぁ〜。)

配属先のご好意(なのか?)で、仕事も今度の月曜日からなので、なんとものんびりした生活ですね。他国の同期がもうずいぶん前から活動しているし、ブルキナ同期が職場でこんなことが〜っていう話を聞くにつれ、まああ、あたしってなんて怠けものっ!って反省する毎日でもあります。

でも、実は、結構仕事、不安であったりするのです。
一番には、言葉。正直、カウンターパートがしゃべってることが理解できてないことが多い。いろいろ専門用語(というか、役所の言葉と思われる)を使うので、いったいなんだったのか・・・・後でこっそり辞書で調べて、わかるときとわからないときと。

それに加え、配属先の期待に応えられるかっていう不安も大きい。来てみて思うんだけど・・・・ブルキナベ、結構仕事できる。(様な気がする。) 始業の7時にはみんな来ているし、カウンターパートはいつも人と面談していたり、一人のときは書類決済をしていて忙しそう。オフィスももっとぐちゃぐちゃかと思いきや、結構整理されていたりする。これで言葉もわからない・ブルキナのシステムもわからない・それでいて役所づとめもしたことがないあたしが、何か役に立てることはあるのだろうか・・・・?ただのお客さんになってしまうんじゃないか・・・? 正直、不安です。


こんな不安、カナダで就職した時以来だなあ。あの時も、仕事が決まったものの、あたしの英語力や経験で勤まるかなって不安に思ったっけ・・・・。

手前味噌なんだけど。Montrealで働いていた時の一連の日記を読み返してみた。(→これね。) 今読んでみると、あいかわらず、いろんなことに悩んでぐだぐだ書いてたな、と我ながら笑ってしまいました。繰り返し書いているのが「自分の弱さとの戦い。」 どこにいてもそうだなあ、って今ささながら実感。

あの頃、仕事をするだけで必死でだったけど、半年間、いろんなことに悩みつつも、ちょっとずつ自分のやり方とかも作っていって、最後にはモントリオールが大好きになって。いまは、あの時ほど、がんばってないかもしれないけど・・・ ともかく、ここに来た意味は必ずあるに違いない、と思うことにして、Petit à petit (ちょっとずつね!)でやっていこうと思います。カナダですら、文化の違いに悩んだんだから、アフリカだったらもっとだろうな〜。まずは、ブルキナベのやり方を、よーく観察することからはじめなくてはね・・・。


さ。そんなわけで。週末はのんびりして、来週からのお仕事、がんばります。
村ステイを終えて。〜人間の幸せ、発展・・・って?
今回の村ステイ。楽しいこともあったけど、正直、つらかったです。


ひとつには、自分の無力さを感じたこと。

子供たちに囲まれて・・・何をしてもあげられない。何かをあげることもできない。せいぜい折り紙を折ってあげるんだけど、子供の数が多すぎてみんなにあげることができず、返ってきまずい。現地語もぜんぜんわからない。せめて医療の知識があったら、農業の知識があったら、技術があったら・・・何度も思いました。ほんと、無力だなあと。


でも、私がステイすることで、村の人は食べ物をもらえる。日本人を少し知ることが出来る。少なくとも、「フォトビー!」っていって、自分の姿をカメラを通じてみることが出来る。それだけでも、よかったかな・・・と思ってみたりもしました。



もうひとつには。発展ってなんだろうって。

村には無駄なものはない。子供たちはみんな集まって遊び、ぼろぼろの布をつなぎ合わせて、ゴムとびをして遊ぶ。日本みたいにおもちゃにあふれていないけど、みんな一緒に集まって遊ぶ。小さい子が、より小さい子をだっこし、大きい子は小さい子がけんかしているのを諭す。

食べ物はみんなで分け合う。動物を屠殺して、それを大人か大きい子供が斧で細かく刻む。小さい子達が内臓を分けて、腸を棒で蒔く。その腸には血や肉を詰めて、ソーセージにしてご馳走に備える。マンゴーの皮やタネは、その辺に捨てるけど、それを鶏がついばむ。食事に少し入っているお肉はきれいに手で肉をはぎ、骨をばら撒くと犬がすかさず食べていく。人間が使った水はくぼみにたまって、豚が水浴びする。枯れ木は倒され、まきになったり、家畜のえさになる。

とにかく、捨てるって言うことがない。自給自足・・・とは言えない暮らしだけど、輸入に頼らず、畑を耕し、決して肥沃でない大地からの恵みで暮らす。

ホストの家族に質問をした。「この暮らし、幸せ?」みんな返ってくる答えは一様だ。「うん、この村が好き。」「大きくなったら、お父さんみたいな農民になりたい。」・・・・この国の識字率は極めて低く、国連の人間開発指数は世界最低レベル。

でも、ね。その基準って、先進国が作ったものだよね?自分たちの言葉(現地語はもともと文字を持たないものが多かったりするし。)を読み書きできないものは「識字が出来ない」と定義する。GNPとかGDPとか、先進国が作った金銭を基準にした換算で、数字が少なかったら「途上国」「貧国」。

村の人たちは、みんな助け合って幸せそうだった。暮らしに満足していた。例え、電気やガスや水道がなくても、それで満ち足りていた。

少なくとも、私たち先進国の人たちが忘れてしまった大切なこと。この国にはそれがあると思いました。正しい礼儀があり、助け合う精神がある。絶対にこの国では子供が命を大切にする。ここには貧困が生む悲劇はあるかもしれないけれど、先進国にある変な犯罪を起こしたりしない。


私たちが途上国にボランティアに来ている意味。その国の「足りないこと」を助けに来ているということになっているけど、本当に彼らは何かを持っていないのだろうか。私たちが、勝手にそう思い込んで、自分たちの杓子定規ではかり、勝手に彼らの価値観を壊しているのではないだろうか・・・。



きっとこの疑問は、この国を知ろうとすればするほど、解けないものなのかもしれない。もっとわからなくなるのかもしれない。そう思うと、これからの2年は意味があるのだろうか・・・・?


いろいろ考えせられる村ステイでした。こんな機会をいただけたことに感謝です。