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3ヶ月が経過して。
正確には、ちょっと過ぎちゃったけど。ブルキナファソに来て3ヶ月が経ちました。

・2ヶ月目には、不安を覚えつつも任地に配属され、生活を整え、何とか暮らしていけるまでになり。
・3ヶ月目は、やっと仕事にもなれ、自分の生活ペースもでき、いろいろとブルキナの様子もわかってきた。

・・・という感じでしょうか。


最初は、ブルキナにいる意味がわからなかった。でも、3ヶ月経って。今もわかったとはいえないし、いよいよ迷宮入りです。

JOCVは、3ヶ月ごとに報告書を書くんです。今回は1回目。以下のような項目でした。
 ・活動地域及び配属先の概要
 ・ボランティアが所属する部局の概要
 ・配属先のニーズ
 ・活動計画準備状況
 ・受入国の印象

報告書を書くという機会があったから、ここ2週間くらいは、今までの活動を振り返ったり、今後の計画を考えてみたり。自分の所属部署について、わからないことを聞いたり調べたり。気は重かったけど、いろいろためにはなりました。

いまの報告書の形式。これがなかなか悩ましい。昔は、フォーマットも自由だったみたいですが、いまはこれを各項目500字でまとめてポータルサイトで提出。500字なんて、すぐ。書きたいことがかけない。

ちょっと前の報告書は、読んでて感動した。というのも、フォーマットが自由だった分、図表や文章のボリュームも結構あり、活動のレベルもすごく高度。読んでいるだけで、その人の仕事の取り組み方や悩み、その解決方法の模索など、たくさんの思いが伝わってきて、同じ職種じゃなくても、学ぶことがたくさんあった。

今は・・・フォーマットがシンプルになり、きっとデータとしてはきれいにそろう感じになっています。ポータルで検索もできるし、情報としては美しい。書く方もチェックする方も、効率的・シンプル化したと言える。だから、以前よりもたくさん考え抜いて、時間をかけて、報告書を作り上げるという作業ではなくなったように思われます。

批判とかそう言うんじゃなくて。世の中も、仕分とか世知辛いことになってるし、こういうのが「規格化」の流れなのかなあ〜、と、なんだか大切なものが失われている感じがしてなりませんでした。


もうこうなってくると、自分次第だな、と。

もちろん、人をうならせるような報告書を(自主的に)作るのは自由だ。それを提出しないにしろ、状況を分析し、時間軸を意識し、計画を立てて実行していくという作業。どんな仕事をしていても、求められる能力。ボランティア、協力隊っていう立場だから、会社で仕事をするのとは、少しわけが違うし、厳しくチェックする上司もいないけど・・・どんな仕事にしろ、ある意味、目的意識や緊張感を持って仕事をすることは、ストレスもかかるけど、生産性を高めたり、自分の能力を伸ばしていく過程には大事なんじゃないかと。何か形に残るものを打ち立て、自分としても何かを成し遂げ、今後のキャリアに役立てたり、自分の自信になる何かを得て帰る。すごく理想。


でもね。最近、思うんです。そういう風に、何か切羽詰ってきりきりと仕事をするのって、どうなのかな〜って。そもそも、この国で、そんなことして、意味があるのかな・・・って。私は、勝手に何かの枠にはまってやしないかな、って。

あれが足りない、こうあるべきだ・・・って、ボランティアとして要請されている仕事の中で、今まで自分が知っているやり方を持ち込むことは、ある程度求められていると思う。がんばって、こっちの人を説得して、新しいやり方を採用してもらって。すごく大変だけど、私たちのやり方のいい面は、途上国に当てはめて使ってもらったりすることで、何かが発展するかも知れない。

でも。うまくいえないんだけど。それで、本当にいいの・・・?


前にもここに書いたけど、ここにはものが決して多くない。足りなすぎて、できないこともある。けど、この国の人たちは、あるものでうまくやることに、すごく長けている。まあ、根本的にものがないからしょうがないって言うのもあるんだけど、「人間これでもやっていけるんだ!」っていう工夫がいっぱい。

仕事もそう。これ、不便じゃない?って思うけど、こっちの人は、とっても忍耐強くて、あたしが不便と思うことも不便と思わず、やりくりしている。逆に、ものに頼ったり、そもそもなくてもいいものを使っているような私のやり方は・・・ 無理やりニーズを作り、そもそも必要なかったものを持ち込んでしまわない
だろうか?大量生産・大量消費・大量廃棄の流れをもろに作ってしまうようなことにはならないだろうか?そういうことを感じることがある。


この国の人たちは、何か違う大切なものを持っている。あるものを分け合う習慣。たくましく生きる術。相手を思う気持ち。仕事を効率的にやることよりも、「体調はいいか」「よく寝れるか」「家族は元気か」・・・その質問に笑顔で答え、この人たちのやり方で一緒に楽しく仕事をするのが、一番喜んでもらえるんじゃないか・・・・?そんなことも感じたりするのです。

いやいや。それは私の怠け心?独りよがり?・・・自分が勝手に作り上げている考えを意識したり、はまっている枠について考えたり。自分の中で、いろんな思いが交錯する、ブルキナ滞在3ヶ月が過ぎた今日この頃です。 

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